大判例

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東京高等裁判所 平成2年(ネ)105号 判決

控訴人

西多致

右訴訟代理人弁護士

桑田勝利

被控訴人

望月彰夫

右訴訟代理人弁護士

高橋祥介

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

[申立て]

(控訴人)

主文と同旨の判決を求める。

(被控訴人)

控訴棄却の判決を求める。

[主張]

次のとおり訂正し、当審における新主張を付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。

一  原判決事実摘示の訂正

1  原判決一枚目裏一〇行目の「原告の主張」を「被控訴人の請求の原因」と、同二枚目裏二行目の「権限」を「権原」と、八行目の「本件建物収去・土地明渡しを」を「本件建物を収去して本件土地を明け渡すよう」と九、一〇行目の各「原告の主張」を「請求原因」とそれぞれ改め、同表八行目の「、直ちに」から九行目の「取得し」までを、同裏四行目の「建て、」から五行目の「本件建物を」までをそれぞれ削る。

2  同三枚目表三行目の「所有権持分六分の五」を「六分の五の共有持分」と、七行目の「無権限」を「無権原」と、八行目の「被告の主張」を「控訴人の抗弁」と、末行の「所有権」を「共有」とそれぞれ改める。

3  同五枚目表一〇行目の「無権限者による」を「実体上の権利を伴わない」と、同裏三、四行目の各「被告の主張」を「抗弁」と、三行目の「認否」を「認否及び反論」と、一〇行目の「あったときは」から同六枚目表二行目の「そして」までを「あったことによる遺贈等の失効の効果は、相続開始時に遡及してではなく、減殺請求をした時から生ずる。したがって」とそれぞれ改め、同五枚目裏二行目の「と考える」を削り、同六枚目表八行目の「使用貸借した」を「無償で借り受けた」と改める。

二  当審における新主張

1  控訴人の権利濫用の抗弁

被控訴人は、本件土地の売主である弥生が亡武夫から右土地を相続したこと、控訴人名義で所有権の登記もされている本件建物が武夫と控訴人との間の土地使用貸借契約に基づいて本件土地上に建築され、現存することを知りながら、右土地使用権の覆滅をねらって本件土地を買い受けたものであり、このことは、買受代金額が右土地の時価(九二〇〇万円程度)の半分以下であること、被控訴人が事前に土地占有者である控訴人に接触していないことからも明らかである。

このような被控訴人の行動は、弥生の、控訴人に本件土地を使用させる義務を土地を他に譲渡することによって消滅させる行為を幇助したものと評価すべきであるから、控訴人は被控訴人に対し弥生に準ずる立場にある者であり、このような被控訴人が右土地の第三取得者として提起した本訴請求は権利の濫用として許されない。

2  右抗弁に対する被控訴人の認否・反論

(一) 控訴人は、原審(平成元年五月一六日付準備書面)において、被控訴人が本件土地を取得すれば、控訴人は前所有者との土地使用貸借契約を控訴人に対抗することができなくなることを認めていたものであり、右は権利自白であるから、その後に被控訴人が売主弥生と同様の地位にあるからこれに対して使用貸借契約を主張することができるとして本訴請求が権利濫用に当たると主張することは、許されない。

(二) 被控訴人は、本件売買契約締結に際して本件土地上に控訴人所有名義の本件建物が建っていること、土地の使用権原の有無について控訴人との間に争いがあることは承知していたが、控訴人による本件土地の使用が使用貸借関係に基づくものであることも、右土地について控訴人主張の遺留分減殺請求がされていることも全く知らなかった。被控訴人は、自宅が古くなり、建て替えるか売却して他の物件を購入するか考えていたところへ、本件土地を被控訴人に紹介した石川保治から、建物の明渡しについては控訴人との話合いで解決がつくだろうとの見通しを聞かされ、また、売買代金の額も時価のほぼ半額程度の三三〇〇万円と聞いたので、立退料を支払っても引き合うと考え、自ら居住するつもりで本件土地を買い受けたものである。

(三) 控訴人の妻の和子は、遺留分減殺請求に基づいて自らの遺留分についてすみやかに登記を経由することができたはずであり、これを怠って被控訴人の権利濫用を主張することは許されない。

[証拠関係]〈省略〉

理由

一本件土地がもと武夫の所有であったところ、昭和六三年五月二四日同人の死亡に際しその養女の弥生が遺贈を受け、同年一〇月五日所有権移転登記を経由したこと、控訴人が本件土地上に本件建物を所有し、右土地を占有していること、被控訴人が同年一二月一六日本件土地につき所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争いがない。

当審における〈証拠〉によると、弥生と被控訴人との間で本件売買契約が締結されたことが認められる。

二そこで、控訴人の抗弁について検討する。

1  遺留分減殺請求に基づく抗弁について

遺留分権利者が減殺請求をしたのちに、第三者が受遺者から受遺不動産を譲り受けた場合、遺留分権利者と右第三者とは二重譲渡における両譲受人と同様の関係に立ち、その優劣は対抗要件たる登記の有無によって決せられるものというべきである(最高裁判所昭和三五年七月一九日判決・民集一四巻九号一七七九頁参照)。したがって、本件において、控訴人主張のとおり和子が遺留分に基づく減殺請求権を行使した事実があるとしても、前示のとおり被控訴人が本件土地を買い受け所有権移転登記を経由している以上、被控訴人は右土地につき完全な所有権を取得したものである。したがって、この点の控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

2  権利濫用の抗弁について

(一)  まず、被控訴人は控訴人のこの点の抗弁の提出が権利自白の撤回にあたり許されないと主張するが、本抗弁は土地の使用貸借に基づく使用権そのものを主張するものではないから、被控訴人の右主張はそれ自体失当である。

(二)  〈証拠〉によれば、本件建物は昭和五八年六月頃控訴人夫婦が病身だった武夫と同居しその看病に当たれるようにするため、武夫が居住していた旧建物を取り壊した跡に建てられたもので、控訴人は武夫との間で締結した使用貸借契約に基づき本件土地を建物所有のために使用する権原を有していたこと、控訴人はその家族と共に本件建物に居住していること、武夫はその生前に控訴人に対し本件土地の明渡しを求める訴えを提起したが、昭和六二年三月三〇日、土地使用貸借が存在するとの理由で右請求を棄却する判決が言い渡されたこと、これより先の昭和五八年頃から、控訴人と紀子、弥生との間で本件建物の所有権の帰属や占有権原をめぐる訴訟が係属したこと、武夫の法定相続人は、長女紀子、三女和子(控訴人の妻)及び養女の弥生(紀子の実子)の三名であるところ、武夫は、いずれも公正証書による遺言により、昭和六〇年三月一五日に本件土地を弥生に遺贈したほか、同日、昭和六一年一二月二五日及び昭和六二年四月一七日にその他のすべての財産も遺贈又は遺産分割方法の指定に伴う相続分の指定により紀子及び弥生に取得させることとしたこと、和子は昭和六三年九月二日到達の書面で弥生に対し、本件土地につき六分の一の遺留分を主張してその遺贈につき減殺請求をし、この結果、本件土地は共有持分を弥生六分の五、和子六分の一とする両者の共有となったことが認められる。したがって、右使用貸借が建物所有を目的とし、契約に定めた使用収益をまだ終えていないことからしても、右のとおり本件土地が弥生と和子(同人は控訴人の土地使用を承認しているものと認められる。)との共有であることからしても、弥生は控訴人に対し本件土地の明渡しを請求し得ない立場にあったものである。

被控訴人が本件売買契約締結に際して本件土地上に控訴人所有名義の本件建物が存在することを知っていたことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、被控訴人は長年にわたり武蔵野市の市会議員を務め、相当の社会的経験を有する上、地元の諸情報を得やすい立場にある者であること、被控訴人は、本件売買契約締結に際して、本件土地の占有をめぐって紛争があることを聞いていたが、右契約締結の際も、その後本件訴訟を提起するまでの間も控訴人と会ったことはないこと、被控訴人が本件土地を買い受けた価額三三〇〇万円は時価の二分の一程度のものであることが認められる。

ところで、被控訴人は、右本人尋問において、①本件土地は自分が住むつもりで買ったものであり、紹介者である石川保治の、占有者には話合いで立ち退いてもらえるとの言を信じて買うことにしたが、その後弁護士に相談した結果、話合いによる解決は困難だと言われたので訴訟に持ち込んだものである、②弥生と本件土地の明渡問題の処理方法について話し合ったことはない、③本件建物の所有関係も、控訴人が右土地を占有するに至った経緯も知らない旨供述している。

しかし、上記のような事実関係からすると、右供述はきわめて不自然であるといわざるを得ず、到底措信することができない。むしろ、右事実関係からすると、被控訴人は、本件土地を買い受けるにあたって、土地の占有関係や前示のようなその背景をなす事実関係の大要を承知しながら、土地を廉価で買い受け、控訴人の土地使用権の覆滅を実現することにより多額の利得を得ようとして本件売買契約を締結したものと推認され、この認定を覆すに足りる証拠はない。また、控訴人が本件土地を使用できなくなることによって生活の基盤を失い、多大の損害を被ることは明らかである。

そうすると、本訴請求は、被控訴人が、弥生と控訴人との間に本件土地の使用等に関して紛争があるのに乗じ、控訴人に対して右土地を使用させる義務を負う弥生と意を通じて右土地を同人から譲り受けた上、その明渡しを得て、控訴人の損失において不当な利得を挙げようとするものであり、権利の濫用として許されないものというべきである。なお、和子において自己の遺留分減殺請求に基づき本件土地について共有持分の登記をする機会があったのにこれを逸した事実があるとしても、これによって被控訴人の権利行使の不当性が減ずるものではない。

三よって、右請求を認容した原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加茂紀久男 裁判官新城雅夫 裁判官河合治夫)

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